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ブログ交換日記249(景徳鎮便り88) 09年6月20日(土曜)メール

2009/06/22 00:20

社長・通訳は必死に聞いて「あまり陶芸のことを知らない」
よく経営している。  
やる気だけでの頑張りと思った。 
しかし、今後の事業拡大に必要な人材や必要な設備投資も助言した。


えぇ?
陶芸のこと知らないのにラン鉢工場?
しかも海外。
チャレンジャーです。
恐ろしいほど切り開こうとしております

「前へ、前へ」
の早○田ラグビーでし。

次は企業団地の新工場を案内されました。  
ここでも管理の適切なことを具体的に指示して助言。  
通訳の不明なことを全て回答。  
先方の信頼は大きいと感じました。  
今後も是非に指導してほしいと。


いやーそれはありがたいでしょうぞ。
これまでどうしてもできなかったことが
すすっとできてしまうのですもの。

とはいえ根本的に
粘土の購入先を変えたり
釉薬を買うところを変えたり
アドバイスはできても
最終的には企業内の人間が進めていかなくては
ならないのですよね。
そういう地道な作業がこれ中国では
本当に大変。
誰が信用できて誰のいうことを聞けばいいのか。
時間もかかるし、手間もかかる
ぱんだもできる範囲ですが応援させていただきたいと。

私は一企業の協力を進めることは少し抵抗ありますが、 
日本人を今後雇用してほしい気持ちと、
日本人経営では景徳鎮一社でもあるので今のところ応援することとしました。

近々、○○商店という企業が参入予定とか。  
その時は不測不離の関係が必要かなと。  
でも、応援したくなるほど
一生懸命の企業姿勢の社長と通訳です。 
可能なことはしてあげようと。


中国では
「自分の仕事はここまで」
とみなが自分のなかでの線引きをしておりますので
焼成テスト、水分テストその他もろもろ
新たに仕事をお願いすることは
本当に大変です。
とはいえ自分だけでまわしていくことも
限界がありますので
託すしかない部分があるのですが
とはいえ
社長自らが前に立ってやらない限りは
下の人間は動きませんのでねー。

せっかく出会った景徳鎮の日本人経営による会社に。  
私にもなにかいいことがあるかもしれません。  
今までの技術と企業ノウハウと人材育成・管理には少し自信もありますので。

使って減るものでもありませんし。  
学院の活動にもプラスと判断しました。


色々と可能性もみえてきますしね。
いいのではないでしょうか。
日本の人が景徳鎮に増えるということは
うれしいことですからね

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雷雨と台座

2009/06/22 00:01
と昨日かな
景徳鎮の天気予報をみていたところ
「明日は雷雨でし」
とのことで
20先生に
「明日は雷雨らしいので出かける時には気をつけてくださいな」
とメールしたのですが

午前中快晴
午後快晴

あれ?
天気予報日付間違って見ていたかなぁ
20先生に間違って情報伝えてしまったなぁ
しまったなぁ

と。
天気予報は日付を間違ったと
自分は傘も持たずにアトリエへ
焼成をお願いしていた台座も出来上がりまして
ふむふむいいぞと
学食でご飯でもと帰宅途中に大雨(笑)

明日帰国だというのに
服乾燥してくれないとこまりまし(笑)


と台座いい具合で出来上がりました。
貸し窯ということもあり、
水分も残っていることもあり
爆発粉々になってしまったらこれ
もう出入り禁止になるのではないかと
恐る恐る○天さんの作業場に行ったのですが

白化粧が薄かったことを除けば
まずまずの出来上がり。

と予想外でしたが
めちゃんこ重い!

台座だけ持ち帰るのにしたって
めちゃんこ重い。

残りのごろり×40個をどうしたものでしょうか(笑)

○天さんの近くの工房で
これまた生まれて1ヶ月くらいの
子犬さんが
子犬さんが
子犬さんが

かー。本当にかわいい。
指を食べようとします。食べられません。
そしてぱんださんについて来てはいけません。

こうして帰国前だというのに
時間をどんどんとロスしていく今日この頃でした。

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ブログ交換日記248(景徳鎮便り87) 09年6月20日(土曜)メール

2009/06/21 00:13

6/20(土)

18日に日語学生が「上海の通訳試験で知り合った中国人通訳女性・25才くらい」
が勤務している上海の企業の社長に会ってください。
そして、その社長からまかされた企業の社長にも会ってほしいと。


ほう、なるほど
聞くところによれば
ぱんだ帰国前の追い込み作業でばたばただろうからと
気を使っていただき同席はしなかったのですが

私の寮で一時間くらい懇談。 
年配の社長は上海で手広く企業をやっている人で関西人特有の明るさの有る好感が持てる人でした。 
そして、一社「景徳鎮で植木鉢」を製造している社長「34才くらい・中国語・陶芸素人」が
今後何かと相談にのってほしいと。 


ふーむぱんだも景徳鎮に日系企業があるとは
知りませんでしたのでただ驚きました。

そして、食事に移動。 
仲介の日語学生・知り合った中国人女通訳・上海の社長・景徳鎮の若い社長。  
途中で加わった景徳鎮の会社の主婦通訳
「○○社長の右腕的有能な女性」の皆さんと韓国料理屋で飲食。


あ。韓国料理屋さんなのであれば誘っていただきたかった(笑)
いえいえ。
直接20先生とあれこれと話をしましたが
ぱんだは後々の参戦を予定しているとのこと。

そこで、企業の人材育成や中国での会社経営の難しさを話しました。 
若い社長は翌日迎えに来るので会社を見てアドバイス欲しいと。


実に難しい日々を過ごされていることと
想像いたします。

広州のN華の時も
引継ぎなしでぱんだにぽーんとあれこれの仕事を
まかされてしまいましたし

日本とは異なるまたスキルを必要とも
するでしょうしね。

翌日の午後2時に訪問。空港近くの元国営の工場をレンタルで借りて中国人を使って
「蘭を入れる植木鉢」を製造。  
6リューべのガス窯を使っている。  
ガスバーナーの点検・掃除・動力ろくろの粘土の硬さ・釉薬のこと。
焼成の窯づめ・検品などなど、全体のアドバイスをしました。


しかし6リューベはでかいですなぁ・・。
(大体ですが1リューベで小さめの洋ダンス1個くらいの大きさと
想像されてください)
絶対に焼きムラがでるでしょう
このあたりは温度が高いけれども
このあたりのものは焼きしまっていない
だとか多々あることが想像されます。

さしあたり半分ですがアップいたしました。
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ぱんだ近況

2009/06/20 12:17
さしあたり今日○天さんのガス窯に
ぱんだ作品の「台座」部分を焼成に
むりからねじこんでいただき

ごろりとしたオブジェを
パッキング完了して

やっとこさ
「ああ帰られるんだな」
という気分になってきたところであります。

明日の台座の焼き上がりが気になるところですが
ちょっとくらいならば
割れていても問題ないのですが
ぼんぼん破裂していると

○天さんに出入り禁止になる可能性もありますので
できればそれはナシでお願いしたいのでし。

訓練校用のお酒も買いました。
お酒だけでスーツケースぱんぱんでし(笑)

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Fおじいちゃん

2009/06/20 02:21
えー
おめでとうございます。

20先生の長男さんに19日朝9時頃に
娘さんが誕生とのこと

ついに名実共に(失礼)
おじいちゃんですな、20先生。

色々と他にもうれしいことありましたしね。
みなさまお祝いメールを20先生に是非。

おめでとう、その気持ちをこめ、クリックを
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おやすみなさい。

2009/06/19 00:00
今日は実にがんばりましたので
早くやすませていただこうと思います。

最近粘土三昧ですので
どんなに手をあらっても
ほのかに粘土色が残っております(笑)

窯に火をつけまして
後は空気を送るだけとなったところで
アトリエにてダンボール敷いて
寝てました(笑)

あと4日かぁ。
時間ないですが

最後追い込みをかけております。

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ブログ交換日記247(景徳鎮便り86) 09年6月14日(日曜)メール

2009/06/18 04:32

外事科には翌日、葉書で訪問の礼状を出しておきました。 
文字の持つ力を知っています。 
今は電話やメールで事を済ます時代だから効果があることを知っていますので。 
わざわざ手紙です。


ぱんだは現代っ子なので
だいたいがメールでことをすませてしまいます。

手紙もちゃちゃっと書きたいところなのですが
いかんせん
「漢字が書けない」
ことと
「字がひどい丸字」
という
こまったところがありまして

先日Y先生の教え子のYさんに
ぱんだの字をちらり見られてしまったのですが

「ぱんださんわたしと同じで
字が上手じゃないです」

とはっきり言われてしまって
爆笑しましたが

あとで
「ぱんださんちょっと言い過ぎましたごめんなさい」
だなんて言われましたが

「そういうさっぱりと自分の意見をいう人
僕は好きですよ」
とはお伝えしておきました

恩師「藤岡了一」先生など多忙なのに直ぐ葉書が来たり、お願い事項はすぐ処理されます。
当時の私はやっぱりマネから実行して、今は自分のスタイルとなっています。

さて、13日が孫の誕生予定。  
気になって、長男に電話すると「まだだよー!」とのこと。 
親よりお爺さんが心配しています。  
14日もまだの様子。 
初産は予定通りに行きません。

13日の夜は訓練校のK・O先生たちのグループの飲み会「私もメンバーの一人」会場に知人に電話しました。  
盛りあがっていました。 
私は一人で飲んでいますょーと。報告。
帰国すると私を魚に飲み会があるとか。  
4ヶ月ぶりの「バランスの会」と言いますが、
皆さんと会います。


K先生O先生どうされてらっしゃいますのでしょうかね。
K先生は飲みすぎますと
視点があきらかに彷徨ってきますので
そこまで行かれる前に誰か止めてあげてくださいね。

いやー今回お土産買って帰る
時間的に、荷物の重さ的に
なんだか厳しいかも知れませんわ。

手ぶらで訓練校行きましても
許してやってください。

14日は遠い一時間かかる。 
自転車で。  
「中国陶磁博物館」に行きました。 
途中前回水を買った店でおじさんが胡弓を弾いていました。 
前回も。  
早速、コーラを買って、聞かして下さいと。
おじさん了解と譜面をめくって得意の曲を2曲弾いてくれました。  
テンポの良い曲で丁度、自転車で疲れた体に癒しの栄養ドリンクが注入されました。  
おじさんがお前も弾くかと、胡弓を渡そうとするので「否・ぷー」と。

肝心の陶磁博物館はやっていません。  
これで二回目。  
そうか、今はやっていない。 
ある期間のみかと理解。  
帰りにデパートで買い物、特売のシャツ一枚120元で。 
これも帰国時の着替え用にと買いました。

店内をうろついていると「先生ー」とエスカレーターの下から声が。  
何だー初めて担当した時の男子学生でした。「二イハオ!」でした。


先日ぱんだも
このクラスのがたいのいい男の子に
道すがら出会い
自転車から突き飛ばさんばかりの
勢いで
「これからどこに行くんだ?」
やら
「いまは何をしているんだ?」
やら
「飯は食ったか?」
やら

こういう質問攻めは
今後男子学生はキンシです(笑)
女子学生のみでお願いいたしまし。

汗をかいていましたが、いつものマッサージ屋さんに直行。  
馴染みの美人の「K」さんにやってもらいすっきりと。 
料金は20元。いつもチップで2元を差し上げています。 
今日はスイカを買って6元ですが届けました。  
彼女は食事中でしたが「ソンゲイ・二−ダ・K」
驚いた様子でしたが、貰って貰いました。  
帰国前に20 か21日に又、マッサージに来ます。  
その月に帰国日・再景徳鎮の日を言っておくつもりです。

彼女は徐々に営業時間より少し多めにやってくれています。  
特にどこが「トン・トン・痛い」というと丁寧にしてくれています。  
これもまた、国際交流と思っています。 
陶院の老師ということは知っています。  
以前、C学生が話してくれました。  
C学生のお母さんが隣の店で散髪屋に勤めています。   
先日はお父さんに呼ばれて一緒に店の二回で手料理の食事と手創りの薬用酒を頂きました。


ぱんださん
近頃腰はかなり調子がいいですが
さすがにちょっと疲労がたまったか
ひさびさに行って参りましたが

30分くらい腰中心にごりごりしてもらったのですが
なにやら
「謎の吸盤」
を取り出すではないですか。

プロレス大好きな高校生時分
それこそ
「週間ゴング」
を毎週買っていたころですよ。

長州力の腰のあたりに
「謎の丸」
が4つ6つと並んでいることが
多々ありましたが

漢方のやり方なのですかね。
火をつけまして中を真空状態にした後に
ぺっとくっつけるわけですね。

ぱんださん
ぱんつも半分下ろされまして

(ちなみに他のお客さんはおらず
若い女性客がいたならばという
羞恥心と
謎の期待は
杞憂に終わりましたが)

あちらこちらと
吸盤だらけに

部屋に戻りまして鏡で確認したところ
腰の上部が特に赤々と
「長州力状態」
になっておりました。

今はさすがに消えたとは思うのですが。

お父さんお母さん共に親切です。  
食事中に片言の会話。  
分からない時はCさんが訳してくれました。   
これも国際交流です。

帰国まで10日となりました。  
授業は火・水・木・金の四日間で今期の担当は終了です。  
気持ちは日本の刺身と猫と戯れ自宅の草刈り機の担当です。


今日Y先生帰られましたが
「いやー明日の今の時間帯には
家に戻ってたたみにごろっと横になって
すしでも食べているとですよ」

とまだ帰られない
ぱんだに実に魅惑的な一言を残して
帰っていかれました(笑)

寿司いいですなぁ。

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ブログ交換日記246(景徳鎮便り85) 09年6月14日(日曜)メール

2009/06/17 03:34
614

さて、6/13金曜日予約をしていた。 
景徳鎮市人●●府の外事科に講師のR先生と行きました。  
事前に地図で調べていました。 
懐かしい場所です。  
永く景徳鎮に来て、当初は「景徳鎮賓館」というホテルの近くです。 
市の旅行局と同居です。

このホテルは昔は外人専用ホテルで今の建物の後ろに木造のホテルがあります。 
しばらくこの木造は使っていなかったのですが、
今は改装して、レトロな雰囲気で私などこちらが好きです。


ぱんだアトリエはどうも1960年代に立てられたらしく
謎の趣があって僕はとても気に入っております。
かわいい感じといいますか
実際はなかにはいると
あれやこれや粘土類が散乱しておりますが

前に公園があり、東屋やポート池があります。  
宿泊の当初はまだ暗い朝、5から6時に広場で人が動いています。  
近づくと太極拳や年寄りが独特の体操です。 
太陽が上がってくるとご婦人団のダンスグループがラジカセの曲に合わせて踊ったり、体操したり。  
大音響でいろんなグループの競演です。


陶磁学院のグラウンドでも
夜の涼しい時間に前を通りますと
「マカレナ」
やらの非常になつかしい音楽にあわせて
ご婦人が踊っていて
なんともいえない哀愁に
胸がくるしくなります(笑)

外事科に行くと、先日電話頂いた30才代の女性と「外事科長」・副主任が現れました。  
主任は出張とか。 
瀬戸市は今年市制80周年・景徳鎮は陶磁博覧会の開催がともに10月に交流計画がありますと。

私が瀬戸市長に会った時に10月に訪問予定と言っておられました。と。
外事科から瀬戸市長あての「招待状」を私に託されました。 
今後の交流は経済的な交流がしてほしいという意向でした。

女性の「F科長」は日本語・英語OKです。  
交流の旅に通訳として、何度も瀬戸市に行っていますと。 
今度、主任が帰ったら招待しますと。 
私にできることは何でもと申し入れました。  
先方は痛く恐縮されました。 
修学旅行は2年計画で推進するつもりです。

また、日にちを改めて、外事科にはふらっと自転車でよるつもりです。  
ここは勝手知ったる庭のような私にとって熟知した場所です。  
市陶磁館や古窯の珠山楼があります。 
周辺は珠山区と言って元は景徳鎮の中心地区でも有りました。   
古くは明・清時代の中心。  


20先生およびぱんだがおります
陶磁学院は景徳鎮の中心地からみれば
やや離れたところにありますが
離れているとはいえたくさんの学生さんがおりますので
学院の周りでも町並みが作られておりますので
中心地に出る必要があることなど
●ォルマートでとんこつラーメンを買いに行く以外
ほどんとありません。

陶器の販売店の数が物語っていますが
過当競争を超えている数です。 
どこも同じような商品ですし、店舗もせまい。  
経営が大変な時代です。 
日本の陶産地の店舗と全く同じ状況です。


三国志で有名な関羽像やら
ほていさんやら
毛さんやら
がどこのお店でもずらずら並んでおりますね。

「毛」さんをシャレでお土産でくばりたいものですが
シャレにしては結構な重量がありますので
やめましたが

基本隣のお店とほぼ品揃えが変わらずに実に不思議です。
売れている雰囲気もなければ
かといって切羽詰っている感じもなく
どういうお金の流れになっているのか
詳しく聞いてみたいものであります。

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ブログ交換日記245(景徳鎮便り84) 09年6月9日(?曜)メール

2009/06/16 02:00

現在、景徳鎮は午前1時30分頃。  
職員宿舎の外は雨がしとしと、窓の外は近くの池の蛙の声のみで静寂です。  
まるで、昼間の喧騒な音響が眠ってこの世でないような空間を感じます。


20先生の部屋とぱんだの部屋は
向かっている面が違いまして
20先生の部屋からは学院の外の風景が見え
ぱんだ部屋からはバスケットのコートやらが見えます。

ぱんだ部屋から学生寮も
近いですので、なにやら夜でも謎の雄たけびが聞こえたりしますが(笑)

景徳鎮着112日目の始まりです。  
現在は午後2時からの授業で午前中はゆっくりと、
日本の妻には申し訳ありませんが定年組の安寧な暮らしをさせて貰っています。  
といっても、所詮、外国での生活は何かとストレスを抱えています。

それは、初めての常駐の大学教員の生活、プレッシャーもありますし、
慣れるにつれて自分の生活がマンネリ化し単調となっています。 
9月からの新学期からは新しい学生との出会い、
新しいカリキュラムの展開でまたまた、疲れることでしょう。  

しかし、陶芸創作の時間で少し生活のバランスが取れそうな気がします。


ぱんだもモノを創っている時間が一番落ち着きます。
何にも煩わされることなくぽんぽんぽんぽんと
ろくろなどですと、
回転の力を借りて(?)といいますか
ある程度リズムが乗ってくると
流れ作業のように粘土がなくなるまで
いけてしまいますので
時間が経つのはあっという間です。

先日は夜夢中で作業していたところ
アトリエにて12時を超えてしまい、
彫塑磁広の正門がしまっていたときには
「粘土に囲まれてアトリエで一泊か」
と覚悟を決めましたが
裏門が開いておりましたので助かりましたが。

貴国のキップやホテルの予約など一段落しました。 
後は「就労ビザ」に関する手続きです。  
中国はOKですが、日本の領事館に「大阪」提出は本人で、書類は完璧でないといけません。 
ここ景徳鎮からの問い合わせは時間がかかります。
明日、交流処にぱんだ君といって打ち合わせです。  
現在、私は瀬戸市の市長の親書を景徳鎮人民政府に渡した事で
外事科の科長から「二十先生が何か困ったことあればどうぞ何でも言ってください。」と電話頂きました。  
帰国前に科長にお会いしておかないと思い連絡を取ってもらっています。  
多忙な人のようで今週の日程調整で何時連絡あってもいけるような体制をしなくてはいけません。

それは、10月に瀬戸市長が景徳鎮に来るかもしれず、
事前に連絡のことはやっていないと失礼かと。 
市同士のことですが。 
私は無縁でありませんので。


就労ビザを今回20先生が所得するということで
あれこれとお手伝いをさせてもらったのですが
健康診断書がいるだとか、なにやこれやがいるだとか
あれこれと大変ではあるのですが
ここをクリアーしておけば
ビザを気にして
「いついつまでに一度帰らなくてはならない」
だとかを気にする必要もなくなり便利ではあります。

さて、昨日講師の劉先生から電話。  
先日の4年生の卒業作品と論文答弁会の謝礼が出ますと。 
一緒に教務課に行って200元貰いました。  
これは予定外の収入と早速、気分転換に市内中心のデパートに出かけました。  
自転車で30分。  
最近はバスより自転車で道すがらの発見が多いので、
少し疲れますが行っていますので道は完璧。

2軒ほどみ見て、帰国用の夏のGパンと同じ系統の色を合わせてのシャツを買いました。 
Gパンの裾直しも気軽に寸法を測ってもらいその場のミシンでOK。  
言葉の壁は不要です。 
片言の中国語。


ぱんだも最近は
朝昼晩と彫塑磁広に行きまして
作陶三昧でありがたいことなのですが
これ行き帰りの自転車がやたらとつらいです(笑)

粘土を掘ってもっていく時なんぞは
坂道なんぞは基本押して歩きますもの。

うわさには聞いておりましたが
段々と暑くなってきました景徳鎮でございまし。

午前中に約束の日語生、曹さんやってきました。   
Y・N先生に最後のあいさつの後に。  
2時間も先生たちと話した後でしたので、私は疲れを慮って簡単に過日、
彼女と話は十分していますので、
卒業記念のイヤリングとブローチの安いものを記念に差し上げました。  
先日、苦労して選びました。  
店員と店主「共に女性」。  
変なおじさんが何を選んでいるのかと協力してくれました。
イヤリングとブローチの色と形を合わせるのに苦労しました。  
大した金額でありませんが、彼女に少しでも合えばと。

「先生、是非天津に来て下さい。美味しいものをご馳走しますよ。」
また、先日話した、「日本留学の意志が固まったら応援しますと。」 
やや、目を潤ませてのお別れでした。  
きっと縁があれば彼女とはまた出会うのでしょう。   
天の定めでしょう後は。  
10日に学院から天津の実家に帰るそうです。  


おじさん大変苦労されたようですが(笑)
さぞかし曹さんうれしかったことでしょう
僕なんぞからみても
曹さんレベルが高くなによりも日本人のことを
理解しているお人に感じられましたが
運が悪いのか、タイミングの問題なのか
残念なことに就職がまだ決まっていないのだとか。
絶対に彼女でしたらいいところが見つかるはずだと
願わずにはいられません。

さて。
日本からメールが時々入ります。  
デザイン科の訓練生です。  
しばらく、訓練校のことは気になっていましたが、
こちらの生活の慣れが大変でしたので、それどころでなかったのが現状です。

有りがたく拝見しています。 
なかなか、大変な業界です。 
彼女も分かっているようですが、生活がありますし。  
薄給で良ければ社員寮のある所を探しますが、ただ食べて、貯金はできません。  
ましてや陶芸でお金がかかってしまいますし。  
趣味で続けるのが賢明かもしれません。  
残念ですが。


そうですね
日本では就職先がなく
なによりも日本の陶芸界が
どーも僕が合わせきることができなそうで
中国に飛び出さざるを得ませんでしたぱんだでございますが
切実な問題ではありますが
最終的な目標といいますか
「自分の創りたいものを創り続ける」
ことさえできれば
プロであろうと、アマであろうと
さほどの違いはないように感じます。

ここのところが、今専門校の存続していく意味が含まれています。   
就職のない職業訓練なんて何の意味もありません。  
人生のリハピリの機関でありません。  
税金を投入してやっているからには
就職の効果がないと存在価値がありません。   
廃校は当然となります。  
大変残念ですが、時代の流れには勝てません。  
誰の責任でもありません。


そうですね。
誰の責任でもないことですが
中国の粘土の会社で働いていたものとしては
日本の陶磁器産業が衰退していくのには
申し訳ない気持ちが今でも残ります。

ここ景徳鎮もやってきますよ。  
陶磁器の重要性が問われる時代が。  
学生は就職や作家になれない認識は持っていますが、
陶芸専門大学のプライドが少し評価されているので気持は満たされています。
しかし、現実はひしひしと伝わっています。  
この世界での生き方が問われています。  
陶芸一本の生き方がプロと自負していても続けてなんぼ。  
誰かの犠牲の上に立っては自分は好きなことしていて満足でしょう。  
好いんでしょうか。
相当それ一つで赤貧でやって
周りに苦労させていないという自信があるのでしょうか。  
あれば、そんな陶芸家はすごいです。

なにか、
最近は「陶芸家」という職種に酔っている人が
いるような気がします。 
現実の生活を無視して何がプロで何が趣味と。 
定義は自分で決めることなのに他人まで強要する人がいます。

そんなの勝手なはずです。 
人の価値観に侵入して失礼なプロという人がいることは残念です。  
自分が自覚して生きる自覚は自分の判断によることを知らない人は始末が悪い。  
困ったものです。


20先生だいぶ熱くなられておりますが
とはいえ

「自分の創るものが面白くて仕方がない」
と思えているのであれば
それを止める権利など誰にもないのかなと。

可能性があるうちに
それを捨ててしまうことほどつらいことはありません。

と自分がやりたいものを捨て
他人のために生きて
抜け殻のような一生を送るのでは
それもまた違うような気もいたします。

「ぱんだも絵だろうか?写真だろうか?
はたまた他のものだろうか?」

19歳の頃から自分のこの想いを
全力で受け止めてくれるものを
探しに探して、もがいてもがいて
やっと見つけた陶芸です。

「自分には何がむいているのか?」
「自分の個性って何?」

ぼんやりとした霧がかかったような
景色のなかで手探りで進んでいるような
あのつらさにはもう戻りたくはありません。

ただ全力でぶつかりさえすれば答えてくれるものだと
思いますし、道は開けると思います。
全力でやって、それでもダメならば諦めもつくかなと。

1年なら1年
売り上げでもいいですし、
「50cmのつぼを作る」
やら
目標をしっかりと決めて
全力でぶつかって
そこへ到達を目指す

目標設定がないと
いつまでもずるずると
いってしまうのではないかなと
それは僕にも当てはまることですが。

自戒。

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ブログ交換日記245(景徳鎮便り84) 09年6月?日(?曜)メール

2009/06/15 04:06

さて、現在の授業で使う道具ですが、
私が使っているものをすべて教室に置いてあります。 
学生は必要な物を取って使っています。 
これもおかしい、以前から感じていますが道具作りを教えない。
陶芸では自分専用の道具が必要です。  
学生は市販のものか非効率的でも手でやったりします。  
教員は教えることをしません。 
道具作りの単元がいるのに。 
今回の授業で学生が私の道具を使っていることを知っていながら知らないそぶりです。  
これがなかったらどうするの。 
という作業がありますが。 
来週はわざと自分のものは持ち帰るかえつもりです。  
どうするのか。


20先生のバックみますと
あれこれと道具たくさん入ってますものね。
創るものが手の大きさに左右されるように
道具の使い勝手で創るものは左右されます。

食器系を創る人であれば
自分の道具を自分で作れる、加工できるということは
とても重要なことだと思います。

オブジェを主に創るぱんだは
あえて道具はなるべくもたないようにしております。

道具で自分の創るものを限定したくない
という意識があるのですが

最近よく使う道具といえば
「地面」
でしょうか(笑)

ゆびさきでちょろり
ふででちょろり
よりも
陶器の破片が落ちていたり
粘土くずが落ちていたり

そこをごろりと転がした方が
よりリアリティーのあるものが
創れるなぁと

以前の授業でもこんな場面がありました。 
私の学生時代も道具作りはありませんでした。 
市販の物を買ったり、先生の使っている道具を見て作りました。 
ここでは先生は自分の道具は一切持ってきません。 
創る先生は自分のアトリエに有っても。 
見せませんし、紹介もあまりしません。  
陶芸の道具が掲載されている本もあまりないようです。  
作品集の本はありますが。


とはいえ食器系を創る時には
これまがりやらの削る道具の切れ味どうのは
非常に重要です。

10個削ったあたりでもう切れ味が
悪くなってくるのがわかりますので
ささとやすりでまた削ります。

ぱんだはいまでも
こての使い方がいまいちおかしく
創るたびに違うものができるという
謎の現象がおきますが

今回の授業も完璧に学生のオリジナルではありません。 
どこかの誰かが作ったものをコピーしてそれを少し手直しして作っています。  
違和感なく。 
おかしい! 
もっと教員が創作性を指導しないと良いものができません。   
パクリ思想は他のものだけにしてほしいものです。

この思想では創造性の高いものはできません。 
作家と称する人も今までの伝統的な手法で作っている人が多いです。 
創造の大切さは学生時代に植え付けないので
作家として残れない、生きていけないとなります。


釉薬は買う・ろくろは挽いてもらう・窯は焼いてもらう・粘土は買ってしまう・石膏型は作ってもらうと
かなりの部分が他者がやっています。 
美味しい、楽しいところが盗られています。 
確かに職人に依存していいですが、成り立ちの指導はできる力がないとオリジナルと言えませんし、
異なった結果に対して修正ができません。

これでいいのかなー景徳鎮は? 
この考えで何百年もやってきて、不自然はなかったたのかなー。  

釉薬は買う・ろくろは挽いてもらう・
窯は焼いてもらう・粘土は買ってしまう・石膏型は作ってもらう

でそれでも自分の作品と呼べるものが創れればそれでいいとは思いますが
僕のなかではそれは難しいですね。

逆にいえば、僕なんぞは
粘土を掘って来ているということに
甘えていないのかは常に考えるようには
しています。

上記の方法であっても
「これはわたしの分身です」
と言えるものを創れるようにならないと
と自分のハードルを高めておくことで

どこに行ったとしても
自分の個性を出すことにもつながりますし
世界に対応できるということでもあります。

気づいているのに。 
かつての瀬戸と同じ感じがします。  
瀬戸物と言えば瀬戸。 
これに胡坐をかいていて、
何時の間に美濃に実態は移ってしまった。
観光化も遅れてしまい、もう手おくれです。

末期ガンは薬は効きません。  
景徳鎮に陶芸の思想家が「真の陶芸はかくあるべしと」という人が一人、二人とでないといけません。 
そのもとの人材を作る所が教員機関ですが。


ぼくなんぞも美濃の方が
創っているものの質やら考え方というのは
共感できるものがありますね。

とはいえ瀬戸もいいところです。
としかし伝統というものにしがみついてしまっては
次が見えてはこないのでしょう。

とはいえ瀬戸のお役所の人が
陶芸というジャンルではないですから
それを壊すこともできないし
自らの地位を投げ捨てることも
できないのではないかと。

伝統を汲みつつ
とはいえ新しい瀬戸を見出していく
可能性があるのが
訓練校であり、瀬戸窯業高校であると僕は思うのですが。

訓練校であれば他県から来た人もいますし
まったく違うジャンルの人もいますので
伝統にこだわらずに、とはいえ伝統にそくした
新しい伝統を創っていく可能性があるのではないかと
思ったりしている今日この頃でした。

どうも記事をひとつ飛ばしているようです。
申し訳ございません。
確認してアップいたします。

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ブログ交換日記244(景徳鎮便り83) 09年6月?日(?曜)メール

2009/06/14 02:15

現在の授業「実験陶芸創作」は一部作業の途中で釉薬を買いに行く学生が出始めました。  
こちらでは市販の釉薬は結構高いです。 
ペットボトルに入れてくれます。 
街中でこのペットボトルを持って歩いている人を多く見ます。

学院の周辺には釉薬屋さん・窯屋さん・木工所・運び屋さんの待機所・
少し離れた所に粘土屋さんと陶芸の町らしい条件がそろっています。 
私も着任100日を超えましたので、
どこへ行けば何が買えるかが少し分かってきました。


最初はペットボトルをもって歩いているお方をみて
「いったいなんだろう?」
と思ったものです。

水のペットボトルにも関わらず
なんだか中身の色が
やたらフルーティーだし(笑)

結構高いです。
ぱんだが最近買っております
中温(1220度近辺)のオリベ風の釉薬で
500mlで20元=300円しますもの

日本感覚ですと
さほど高くはないのですが
20元だなんて言われると
3、5元でおいしくラーメンが食べられるのと
つい比較してしまいますので。。

ちなみに磁器モノがメインですので
釉薬屋さんにおいてあるもののほとんどが1310度用。

ぱんだオリベの1220度のものは
その釉薬屋さんにしかありませんでした。

9月の創作開始にはもっと細かいものがいるんでしょう。 
今まで授業と生活の慣れに重点を置いてきました。 
単調な生活とは言えないオーバーに言えば人生最大の変化でしょう。 
海外で暮らすこと、大学に勤めることは緊張の連続でした。

でも、人間はすごいものです。
ストレスも刺激も消化します。 
これに適応できない人は早々と日本に帰国することとなります。 
私は使命があります。 
どんなことがあっても決めた期間は勤めて結果を出したい。  
送別会は小生にとっての「旅立ち式」でもありました。


といつの日かぼんやりとですが
「どうやら人生というのは
変わり続けることが
真理のようだなぁ」

と感じた一瞬がありましたが、
その日から5年6年と月日がたちますが
どうやら正しいことのようだという
実感を強くしております。

ぱんだなんぞは
性格的にも飽きっぽいところもありますので
常に新しいもの、常にもっとよりよいものを
求めていないと、追っていないと
精神的に、人間的に段々とダメになっていきますので
今こうしてモノつくりの毎日
それこそ今9時間10時間とやって

自分の創るものに可能性が持てること
なによりも自分が自分で楽しめていることが
とてもうれしいことだと思っております。


さしあたり途中ですが
今日は以上です。

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ぷちぷち近況20

2009/06/13 00:21

ぷちぷちも買いましたし
アトリエの大家さんにも
家賃の支払いも済ませましたし

とちゃくちゃくと
日本帰国準備をすすめておりますが

(アトリエの大家さんなんぞ
「荷物がいっぱいあるなら
空港まで荷物をうちの車で乗っけようか?」
とまで言ってくれました

さしあたり荷物はそう多くないですので
ご遠慮させてもらいましたが
ありがたいことでし。)

あと10日前後ですからね
急がなくては。。

トランクを買って
髪も切って
ろくろも返して
どうのこうの。

直前まであれこれとあるのでしょうが
ひとつずつ終わらせていきたいものであります。

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割れました(昨日と同じ題名ですが笑)近況19

2009/06/12 00:27
画像


えー残念なことに
ぱかーんと
今回のオリベ本焼きも全滅です(苦笑)

釉薬もうすいですし

めげずに今日もろくろを
ぐるぐると回しまして
70個くらいはつくりましたので

けずって
白化粧して
釉薬かけて
もうさや窯では焼かないで(笑)

●天さんの貸し窯で焼かせてもらいましょう。

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割れました。近況18

2009/06/11 01:00
とさや窯さんですが

先日素焼きしておりませんオリベのお茶碗を
いれまして
ちんわりちんわり
温度を上昇させたつもりでした

入り口付近で炭のちっちゃこいのやら
アイスの棒やらを燃やし(笑)

1時間行いまして
「すっかり水分は抜けた」
気持ちだけでトライしましたが

ぼんぼんぼんぼん


O澤ガスでも
こんな音よくさせていたなぁ・・。

だなんて実に気分がめいります(笑)

ヘットフォーンQUEEN大音量。
フレディーの胸毛のなかに
逃げ込みました(笑)

次の日あけてみたところ見事な全滅(笑)

R天さんにて窯をお借りしまして素焼きをして
再トライ。

多少

ぼんぼんが

聞こえたような気がいたしましたが

「割れても割れなくてもどっちでもいいではありませんか。
あなたがもうそれほど若くはないけれども
今その青春を燃やしていることに意義があるんですよ」

とぱんださんも
明らかに逃げ方向な悟りの境地に達しつつあるようです(笑)

できているといいですが
計12個



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ブログ交換日記243(景徳鎮便り82) 09年6月5日(金曜)メール

2009/06/10 03:25

昨日は真夏並みの暑さ。

最近とても暑いですわね。
ぱんださんも作業の時にはつなぎでしたが
冷房も扇風機もありませんで
さすがに体力的につらいです。

午前中に交流処に直接行って周さんに
昨日の給料振り込みの配慮の電話ありがとうと言う。 
この手間が大切。 
細かい配慮が。  
そして、帰国日程と日本の連絡先を表にして渡す。
飛行機の切符も話題とする。

少しでも、涼しいうちに買いものと。  
土産の買い出し。 
自転車で出かけました。 
先ず、銀行に行って周さんが言っていた金額が入っていたのか確認です。


昼間はホントに暑く
そして周りのみなさまもお昼寝をされておりますので
何か所要でこれが欲しいと
お店にいったところでしまっていることも
多々あり
午前中に買い物をすませて
夜やら気温が下がってきたころに作業をしたいものです

ただ窯焼成の時には
長袖でないといけませんので
つらいところですが

先日あまくみて指に相当のやけどを負ってしまいましたし
サンダルで靴下をあなだらけにもしてしまいました。

入っていました。  
キャッシュコーナーは中国の場合は限界があります。  
2000元「28000円位」しかおりません。  
これを何度も繰り返します。 
操作も日本と違って時間がかかります。  
後ろに客が並びますので、二人ほど先にどうぞと。  
周囲や後ろの人間に注意して。 
少し長いので行員の一人が変な顔で見ましたが。  
仕方ありませんよ、操作が遅いいんだから。

1元を残して、全額引き出しました。  
これは日本での小使いと土産代です。  
少しは9月の生活費も必要です。  
キャッシュコーナーは日本では一回20万円が限界です。

こうして、銀行引き出しにも時間や手間が貴国では掛かります。  
帰国時には一応、現金は日本円・20万円「人民元」までと規定されています。 
検査はありませんが。


ぱんださんの場合は日本で
キャッシュコーナーで
20万円以上下ろしたことがありませんので
まったく知りません(笑)

全額バックに入れて、日本で使うバイクのヘルメットを買いに数店見て回り
「市内にバイク屋さんが集まっている箇所があります。」
店と店員の雰囲気で交渉開始。  
少し派手ですか、真紅のもので顔面カバーのあるものを購入。  
35元。  
本来の顔面カバーを変えましたので1元かかるのですが、まけてくれました。  
35元(500円位)とても日本では買えません。  
どうでしょうか、日本なら1万円近いでしょう。

勿論、少しちゃちですが。 
こちらはバイクの人はかぶっていない人が多いです。  
恐ろしいほどの交通量とマナーのない中で。   
交通事故が多いはずです。  
交通警官が街にいたるところにいますが、
いるだけで指導はしません。  
しきれないのが、現状でしょう。


一応ぱんださんが訓練校時代にかぶっていた
青のヘルメットが
K知家の倉庫さんに眠っていると
思われるのですが
面倒とのことで
20先生買われてしまいました。

バイク・車には都会は税金の関係でナンバープレートが付いていますが、
ここ景徳鎮では着いてなくてもお構いなし。  
運転免許も有るかどうかも怪しい。 
おおらかである。
車の乗車定員についても乗れるだけ。  
タクシーでも。   
バイクも同様。 
運転者・子供・妻・妻の背中に子供。  
乗れるだけです。

規制の厳しい日本でバイクは絶対にヘルメットは必要です。  
私の車は二男が使っていますので、
二ヶ月の夏休みは移動にバイクが要ります。  
中古を買わなくてはいけませんし、ヘルメットがいる次第です。  
トランクにはかさばりますが仕方ありません。  
日本でバイクは乗らない時は
「正月帰国まで四ヵ月はバッテリーを外しておきます。」
乗る時は充電をスタンドでします。


ぱんだもバイクは中国に来るときに処分してしまいましたが
後々考えればもったいないことをしたかなと
ちょっと後悔しました。

東京と違って名古屋は車がないと
やっぱり移動大変ですしね。

広州の会社にいたときには
車を貸してもらって移動したり
できたのですがね。

2から3万のもので良いかと。 
近くの移動用です。 
節約です。 
何といっても●万円の給料の身です。 
退職金はこれ以上持ち出せません。

後の土産は免税店の酒3本とたばこ規定範囲。  
そして、スーパーで買うお茶と香辛料やこちらの珍しい食品。  
日本での休息と集中講義の資料収集。  
やはり、気が張っていたせいで疲れがたまっています。  
ただ外国で生活するだけでの疲れ、初めての常駐、
大学教員としての勤務、知らない人との気疲れ、
行動の不便さ、生活のマンネリ、
気分転換の内容不足など2月からの総合疲れがたまっていて
いい機会の帰国です。


ですね。
3ヶ月以上になってきますと
やっぱり疲れたまってきますわ。
ちょっとした小旅行やらなんやら
広州の場合は香港がありましたので
僕にとっては
ただ行って
吉●家の牛丼を食べて
日本の本がおいてある古本屋さんに寄って
帰ってくるくらいなのですが(笑)
それだけでもずいぶんと違ったものです。

中国国内ですと
旅行したといってもさほど変わら・・・。
と誰がみているかわかりませんで
このくらいにしておきまふ(笑)

今度の9月はぱんだ君の心配もなく、
作陶と授業と国際交流に絞って使命が動き出せますか。  
通訳の学生の要領も色々と勉強しましたので。

気持は日本の曽木温泉と猫との戯れにあります。   
久しぶりに会う人には何か不思議と「煩わしさ」を感じてしまいます。  
また、お会いする人々には同じ報告かと面倒な意識があります。
極力、控えてまた、景徳鎮がいいのかなー。  
体が順応している部分があったりと不思議な複雑な感じは否めません。


猫と戯れ。
いいですなぁ。
ぱんだも猫なし生活が最近ちょっと
さびしく感じる今日この頃でした。

アトリエにはちょろっと子猫さんが
遊びに来てくれたりはしていたのですが
なつくほどではないですし。

などと先日友人にメールしたところ

「大熊猫は遊びにはこないのですか?」
と返信(笑)

でーんと現れて欲しいものですが
窯をしょっちゅう焚いておりますので
あの胴体でうろうろされますと
引火する危険性が高いですね

「あちちちちぃ!」
と本来は白い部分を焦がして
黒の部分を不用意に増やす
大熊猫さんの写真をそのうち
アップできるやも知れません。

ご期待ください(笑)

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ろくろさん。近況17

2009/06/09 23:38
と作業しているわけですが

さしあたり
「コンペ用のものも数はできたし、
みなのお土産用のものが創れたらいいなぁ」
と思っていたわけなのですが

Iさん・Mさんも帰国中ですし
ろくろさんが残念なことに使えず。

まさか
ぱんださんの謎のごろりオブジェを
「はい、お土産です」
と手渡しますと

「いったいこの人は訓練校時代の1年間
本当にろくろを勉強していたのだろうか?
2年の粘土会社での生活は何に役立っているのだろう・・・」

などなど
余計なご心配をかけること必至ですので

やはり器がいいのかなと。
「だけど僕にはろくろがない」
ニシダさんもおっしゃっております

と日本人のオーナーさんも
いらっしゃるということで
ちょいと●天さんなる
陶器を外国のお方に教えつつツアーも組みつつ
という会社にお邪魔してきました。

とオーナーさん訳も分からぬ
小汚いぱんださんの突然の訪問を喜んでくださり
「なんだもっと早く来てくれたらよかったのに」

とありがたいことです。

とかくかくしかじかと相談させてもらったところ
「じゃあわが社のろくろをそしたら」
とすんなり貸していただくこととなり

(お金はいらないよとまで言ってもらいましたが
むりから受け取ってもらいましたが)

ああ外国ですと人と人の結びつきを
より強く感じます。ありがたし。

え?

「これで準備もととのったし
わたしの分のお土産は期待します」

って?

それとこれとは別問題なのですが(笑)

コンペ作品が大量にあることと
上海まで出る飛行機の荷物の許可が
20kgまでと大変厳しく・・・(笑)

期待せずにお待ちください。

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ブログ交換日記242(景徳鎮便り81) 09年6月4日(木曜)メール

2009/06/09 20:19

今の授業は午後2時からです。  
ゆっくり午前中が過ごせます。 
これはこれで定年組の生活としては無理がありません。 


ぱんださんは
朝眠くてかなわない時がありますが
なるべく8時頃には起きるようにしております。

起床後のスタイルとして、床の掃き掃除・前夜の食器洗い・朝食用のゆで卵・洗濯は一枚でも励行。 
一日前、Y下先生に洗濯機使用中に周学院長に会った後、少し内容報告。  
共用の洗濯機は私は使いません。 


ぱんだも共有洗濯機はつかっておりません。
夜にアトリエにから帰ってきた段階で
風呂に入ると同時にじゃじゃっと
服も洗ってしまいます。

「洗濯物に石鹸つけてあわ立てて
背中でも洗えば一石二鳥なんじゃないか・・」

ともぼんやり思ったりするわけですが(笑)

過日、靴を洗っているのを見ていますし、
Y下先生曰く
「洗濯中は部屋のドアー開けていなくてはいかんし?」と。 
「少しずつ手洗いされたらどうですか」
「いやー面倒で、洗濯機の回転が遅いのが困るんですが」  
人によって洗濯一つの考えが色々とあります。


ほんと人によってまったく考え方が違いますわね。
広州の会社の時でもそうでしたが
寮に住んでおりますので
実家をでてから
ここまで他人と密着した生活というのは
普通ではなかなかないわけで。

ちょっとしたことが気になりだしますと
これ面倒なんですよね。

僕はさほど気になりませんでしたが
「夏が近くなると
全裸で日光浴をしている人がいる」

というのは同僚としてはこまったことでしたでしょう(笑)
もちろんみえないところでしておりましたが

午前中、今まで3回自転車で人民広場まで行って、約30分。  
これは行く道中に意味があります。  
バスやタクシーで行くと道すがらの様子が分かりません。 
始めは地図を見ながらの行動です。  
釉薬屋・窯屋・篩屋・水道配管屋・スーパー・百貨店・バス停・学校・飲食店・パンク修理屋・
バイク屋・電気屋・窯道具屋・散髪屋・(略 笑)様々分かります。  
道もこのコースは地図なしで行けるようになりました。バスで言うとK35・35路線と15路線になります。 
35は高速バスの発着場が終点。  
15はウォルマートに行く時のバスです。


と20先生詳しいですものね。
僕なんぞは

「食後は小豆のぜんざいのようなもの」
「ちょっとアトリエで小腹がすいたら
ここでパンをかいます」

とあれこれが面倒なので固定する傾向にありますから
そこまでは詳しくはないですわ。

けれども
「む。今日の小豆ぜんざいは味が甘めだな」
だとか
「水分少なめだな」
だとかにはめちゃ詳しいですが(笑)

妻へのパックは3店舗の百貨店で確認。値段とスタイル。  
本物は12000円位します。 
プ●イボーイのメーカーは高いです。  
今日は手に入れたのは「偽クロコダイルのパック200元」
そして、これも3回足を運んだ、半額の私の帰国用の皮靴でお気に入りのデザイン。  
400元のところ211元。日本なら15000円はするでしょう。 
デパートなのでともに流石値切れません。 
靴もパックも本革です。

特にバックはチャックや縫製を丁寧に見て、
店員にチャックは開け締めをさせる。 
靴は店頭のものが少し大きいので、倉庫のものと交換。 
実際に右・左を履いて確認。 
これは貴国では簡単に買うと後で支障がある経験が役立ちます。 
じっくり前もって確認し、同様の物の値段を確認。  
面倒な事と思わないで楽しむことが大切です。 


まめだなぁ(笑)
これぱんだまねできません。

とはいえ帰国日数も近づいてきておりますし
これそろそろ取り掛からないと
作陶と同時進行で行わないと痛い目にあいますぞ。

広州の会社の時はだいたい前の日は徹夜でしたが(笑)

日新百貨の裏通りでも前日、帰国して、
再景徳鎮時には荷物が多いので背負うバックの大きいものを買いました。 
2店舗で値段交渉して、48元を40元にしてもらいました。

貴国の買い物は要領が要ります。 
何度も行って様子を見ます。 
直ぐに買わない。生活消耗品の値段の安ものはさっさと買います。  
少し高いものは火急でなければじっくりとがコツです。
あとは、土産用のスーパーで買うお茶と唐からしなどの小さなもの。 
帰国時はスーツケースは軽いですが、
景徳鎮に必要なものが多いので持っていきます。


消耗品系は僕もさっさと買う傾向にありますね。
瀬戸では毎日のように
「オレ●ジ」なる100円ショップ行ってました(笑)

でぱっぱと買ってしまう。

とはいえ
「オレ●ジ」で買った100円のゴムハンマーだとか
「オレ●ジ」で買った100円の粘土を細かくする用の麺棒だとか
「オレ●ジ」で買った100円のスポンジだとか

中国に来てはや3年目だというのに
いまだに使っている、むしろ手放せないものも多々あり(笑)

今年の現役生のみなさまこんにちは。
今日の放課後は是非155を北上して
「昭和●堂」手前左側
「オレ●ジ」へ。

粘土堀りを目指す人にはバールがお勧めです(笑)

後は、私の車が二男に貸してあるので車がありません。  
バイクを買って走りますので、
「ヘルメット」が要りますので、景徳鎮のバイク屋でお気に入りを探します。 
日本なら1万近いものが2・3000円でしょうか。 
どうせ、軽いスーツケースです。 
かさばりますが。  


と先日スーツケース覗かせていただいたところ
はいっておりました
ヘルメット(笑)

そして、梱包を丁寧にしなくてはいけない「きょう・きょうびん」さん。
日語の学生に貰った豪華な硯です。 
これは重い。
日本なら2・3万はする代物です。 
大きさは30センチくらいで彫りがいいし、彼女の郷里の産物だそうです。 
これはスーツケースをほかられてもよいように。と。


「ほかられてもいいように」
名古屋弁ですかね
「投げられてもいいように」
との意味となっております。

ぷちぷちって
20先生買いました?

僕もこれ探しておかないといけないなと
思っております。

気持は日本ですか。 
何やら遠足前の準備を彷彿とさせます。 


はえぇ。
ぱんだおそらくぎりっぎりまで窯焚いておりますよ、きっと(笑)

広州の会社の時には
3ヶ月帰らないと
あーそろそろ帰りてぇなぁと
思ったものでしたが
今回なんぞは半年近くも中国滞在でしたが
そういう気持ちなく
充実しているんだなぁとありがたいことです。

この3ヶ月あまりは自分の人生であまりにも大きな出来事でした。  
全ての結果はまだまだですが、前哨戦はほぼ及第点を自分に上げます。  
定年後61才のおじさん。   
「6/13後はお爺さん」の波乱万丈の人生の幕あきとの認識です。   
3年計画ですが、いかがなるやら。

64才の年金満額で貴国の計画が景徳鎮の自信で次の展開に少し変化があります。  
一度帰るにしても、再訪中して、
都会の美大で継続して、貴国で過ごすこともいいなーと。 
家は長男が継いでくれればと。 
妻は付いてこないでしょうが。 
一応言いますが。  
64才近くになったら判断します。 
情報によると実現可能のようです。


僕も途中からしか20先生の姿みておりませんが
戦っておりました。
僕のお願いやらもありましたので申し訳ないところも
多々ありましたが
お疲れさまでございました。

何事も最初が一番パワーがいるだとかですので
今後はもうちょっと楽に
様子もわかって効率的に行えることと
思いますし、僕もそうしていかなくてはなりません。

「亭主元気で留守がいい」の実現は「年齢ではなく元気が一番です」
この前提が確立されていれば、ますます色んな展開ができます。  
これは、以前から私が主張する
「人生の波は乗ったら乗り続ける、
チャンスは自分で作る。良い方向性の匂いは逃がさない、
後悔しない一度の自分の人生は
多少、波をかぶっても泳いでいく」
これが、私の人生観の真骨頂です。

道は無限です。いくつになっても、切り開いていく道には必ず協力者が存在します。
努力の意欲がある限り、人への感謝の思いと行動があれば。
私の経験として、
「小さな配慮は大きな信頼と信用が付いてくる」です。


僕なんぞもそうですが
やっぱり男性って夢がないと
生きていけない存在なんですかね。

そういうところが女性の感覚とは
大きく違うのでしょうね。
僕にとっても目指すものがなくなることほど怖いことありませんもの。

そういう時期が3年くらい東京に住んでいた時にありましたが
あの時くらいつらいことはありませんでした。

繊細な行動ができないと希望は付いてきません。  
学院長のように人格者ほど繊細な思いと配慮があります。 
これは意識していないと見につくものではありません。 
また、恩師の金沢美大のK世先生「学長」も同じ匂いがします。   
いつか私も。  
目標は70才に置いています。  
こんな人物になりたいと。  
目標の人がいることは幸福です。  
K世先生は学長でも創って発表しています。
私にとっての目標の先生の一人です。  
自慢の先生です。  
自慢される先生になれる努力と「福運」を少しずつ付けましょう。  
今日から。


ボクシングの坂本博之選手というお方がいて
僕もとても大好きなのですが

親に捨てられ、ザリガニを食べて生きてきたような少年時代。
育児院ではじめておやつの存在を知り
テレビではじめてみたきらびやかなボクシングという世界に魅了されて
三度の世界戦ではおしくもタイトルには手が届かず
それもバッティングの出血や、勝ったと誰もが思ったにも関わらず不運な判定。

もはや伝説となった畑山戦では
ファイティングポーズをとりながら倒れてのKO負け

ピークは過ぎたともう限界だと反対されながらも
ヘルニアの腰にボルトを埋め込んでまでも復帰し

彼の試合はいつも満員となるそうで
デビューした時にバイトをしていた焼き鳥やさんの
常連客がいまだに応援してチケットを買ってくれる

ファンレターには応援してくれる人
ひとりひとりが厳しい現実と直面していることが書き綴られ

それでも試合をみて
生きる力が沸いてきたというものばかりだそう

「坂本博之の人生を応援してくれている
だから恥じない生き方を見せなくてはならない」

「試合で体が不自由になったとしても
後悔はしない。
そうしないで普通に生きることの方が
絶対に後悔すると思う」

とまで言い切る人。

人に愛されるということは
求めるものではないのだと
ぱんだはこのNUMBERの記事を読んで心から
自分の行動を悔い改めたものです。

ただ戦い続けたい

そう願う今日この頃です。

今日もありがとうございました。
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ブログ交換日記241(景徳鎮便り80) 09年5月?日(?曜)メール

2009/06/08 04:06
しかしどうして
アトリエの窯を
「まぁ今日は雨が降らないだろう」
と出しっぱなしにしておいた時に限って
夜半に大量の雨が降ってくるのでしょうね(笑)

石綿さん明日は恐らくぐっしょりでし

本日、周学院長に貴君の件についてもお礼を言っておきました。

その折、N村先生に伝言を貰いました。  
院長の元気な姿見せるために私と二人の写真撮りました。 
後日、現像お願いします。 2枚です。


了解いたしました。
帰国まででいいとのことですが
ちゃっとしておきたいところです。

毎年、学院主催の化学系シンポジュウムにN村先生の教え子・産技研の
S山さん(私が課長に時代にS山さんが釉薬の研究発表するので訓練生の参加依頼を受けて紹介したことあり)
依頼したが、多忙で欠席。 
日本の学者がいない場合、院長の先生である、N村先生を呼ぼうということになりました。。  
院長は希望するので、O陽処長と協議してほしいと、又、高齢の人ですので、私が帰国したらお願いしてほしいと。

このシンポジュウムは昨年、私が契約した時に、初めはこの機会と言っていたものでした。


とN村先生お元気でしょうか?
ぱんだも訓練校現役生の時に学科を教えていただいたものです。
とですわね
N村先生の体調やら次第ですよね。
どうしても国際線、国内線と移動も2日係りになってしまいますし。

院長は日本語堪能ですが、劉先生と顔合わせの機会として、ついてきてもらいました。 
半年前の採用時に院長は会って以来とのことでした。  
採用時は今日のような穏やかな感じでなく、厳しい質問が浴びせられたといっていました。  

約束の時間には、まだ先客がいて1時間秘書の指示で待機。 
私のお話しすることをじっくり来聞いていただきました。  
講師の黄先生にお世話になり、また、9月から好意で工作場の一室借りて、
私の仕事である、学生に作品を見せる、教える、国際交流の一つ修学旅行の件。   
黄先生には前日、院長に話題としますと、陳さんから連絡済み。    
「光栄です。感謝!」と黄先生の言葉。
これが先に必ず何かの形で黄先生に返ってくることが分かっているからです。


黄先生のような素敵なお方に
どーんとえらくなってもらいたいものです。
僕も中国の先生の中では
一番親しみの持てるお方ですし

劉先生も過日、頑張っている先生ですと、
手紙を院長宛ての「報告用の手紙」に書いておきました、院長は分かっていますと。  
劉先生は私達でもそう簡単に院長に会えません。  
二十歩先生の御好意感謝と。 


劉先生はなにやらこの7月に
日本に住まわれたことがある佐賀県で
(大学院でしたかね?
大学は東京芸大でしたね)
個展をするのだそうで
Y下先生も帰国した時には
ちょろっとお邪魔するのだとか

もし佐賀近郊のお方で興味のある方は是非。

又、赴任後のお会いした、先生方やO先生・Sさんの日本人に対する行為の感謝も
名前をすべてだして、報告。

9月からの要望・工作証・就労ビザ・ぱんだ君が特別のO陽先生の配慮で宿舎に住まわせて貰っているお礼。  
などなど。  
話すメモにもとづいて話しました。 
漏れなきようにと。


ぱんだのことまで報告ありがとうございました。
本来ならば自分でいかなくてはのところですが
現在ただの居候でしかないですので。
いつかお会いする機会があるやも知れません。

帰りにはお茶の土産が用意されていて頂きました。  
また、学院の職員用のバッチを記念に貰いました。

先日から言っている、大きな組織の大切さ。  
「ほうれんそう」  
報告・連絡・相談です。  


そうですね
ぱんだこれまでちいさな会社でしか
働いたことがなく
ほうれんそう
実に弱いところがありますわね。

何か一つタイミングよく報告することで
その後の動きがスムースにいくことがあることは
分かるものの、いやはや難しい。

言われる前にちゃちゃっとやっておきたい
ところですが

@画像アップ
A写真現像
BS先生への報告相談
C通訳のみなさんへ伝えておかなくてはならないこと

とさしあたり
このメモを毎日朝なりにチェックして
ホウレンソウに移していきたいものです。


とさきほど日本へのお土産の方を先に
リストアップしてみたのですが
15人16人と
これもっといますわね。
恐ろしいことです。

逆バージョンも作っておりますが
結構な人数になりそうですね。

これまでと違って長い期間日本にいられるということも
ありちょっと油断していたところはあるのですが
これいけません。

早いところやっておかなくてはなと。

さきほど部屋にごきさんが出ました。
でかいです。
勘弁していただきたい今日この頃のぱんだでした。

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ブログ交換日記240(景徳鎮便り79) 09年5月?日(?曜)画像

2009/06/08 02:51
↓こちらがいま20先生が担当している
3年生のクラスのようです。
2年生のろくろ成型のみの授業とくらべても
なにやら雰囲気が違いますわね。
画像


↓おー
なんかそれっぽいものつくっております。
ろくろよりもこれ楽しいでしょうぞ。
ただ前もってしっかり創るものやらの
計画性を立てなくてはでしょうが。
画像


↓やっぱりみな磁器土なんですね。
おそらく下絵やら上絵やらをするのでしょうが
画像


↓そしてサービスショット
こちらの娘さんはなまあし開放系のお方が多く
目のやり場にこまりまし。
画像



サービスショットで
人気ブログランキング急上昇していたら
笑うなぁ(期待)
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ブログ交換日記239(景徳鎮便り78) 09年5月?日(?曜)画像

2009/06/08 02:42
↓とこちら先日に行われました
4年生の卒業論文(?)発表会の様子
画像


↓と作品提出だけではなくて
論文の提出もあるのだそうです。

なにやら僕も大学時代にはよくやりましたが
今はインターネット全盛の時代ですので
あれやこれやの引用が簡単にできてしまうだとか

ちなみにぱんださんの卒業論文は「B」判定でした。

画像


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ブログ交換日記238(景徳鎮便り77) 09年5月?日(?曜)メール

2009/06/06 03:45

昨日は「実験陶芸創作」という教科の授業を始めて出ました。  
3日目です。  
学生自身が発想からスケッチ 成型方法、装飾・釉薬式まですべてやる。 
やらないのは焼成。


ふーむ焼成がないのは残念ですわね。
焼成してはじめて気がつくところが
多々ありますからね。

「あーこういう形だと焼成した時に底が割れやすいんだ」
だとか
「こういう形だと焼成棚の幅を取りすぎてしまうんだ」
だとか。

成型→装飾→焼成→成型・・・

とぐるぐる繰り返すことでよりベストな形に収まってきますわね。

3年生です、少し落ち着いています。 
自分でろくろ・たたらお越し・石膏型・手捻りと。  
人形・アクセサリー・器物・陶盤・インテリアと何でもあり。 
異素材との組み合わせ。 
卒業制作の前段階。  
さながら、日本の陶芸教室の様相とも似ている。

技術レベルは今一つ。  
日本の芸大・美大はもっと高いでしょう。 
しかし、此処は貴国システムや目標も違うのでストレートに比較は無理である。 


そうですね。
簡単な比較は無理なのでしょうが
やはりこちらの学生さんは他の作品を見る機会が
少ないですので、致し方ないのかなと。
20先生が招かれているということで
学生さんたちが日本式だとか、中国式だとかはさておいておいて
よいところはよい、
と学ぶべきところは学んでもらえればと
思うばかりです。

まず、私の自己紹介を講師の李先生。
女性の方。 
彼女は明るい人です。 
先日の卒業制作と論文答弁会でご一緒して、謝恩会も一緒。 
採点後のお疲れさん会も一緒。  
気分的には知った人という安心感がありました。 
採点時の私の態度に信頼をしていたことが分かります。

自作の粽を4つも頂きました。 
半分はぱんだ君に。  
授業はまず初日は見るだけのつもりでした。 
とんでもない、学生が色々と聞いてくるし、
お手伝いで大忙しの2時間。 
あっ言う間に終わりました。


ちまきごちそうさまでした
お肉入りのちまきでした。

あの味付けですと李先生は
とてもやさしいお方と推測いたしました(笑)

ぱんだ現在自分の作業中心で授業には
行っておりませんので、
李先生20先生のことをよろしくお願いいたします。

参考に私の図録を見せました。  
日本の作品は学生にとって興味深々です。  
中にはしっかりデジカメに撮っている学生もいました。 
今回は火・水・木・金の4日間が一週間。でも、金曜日は良いそうです。


以前韓国に行ったときに
あちらの国の陶芸家さんと話をする機会がありましたが

「韓国人にとって中国の焼き物はまだ理解できるが
日本のものになってくると感覚がわからないところがある」

のだそうで。

白い粘土がとれた中国韓国と
白い粘土がとれなかったためにあれこれ工夫をしてきた日本

様々な要因が考えられますが
日本の陶芸というのは特殊なのでしょうね。

ぱんだなんぞ最近まで
「粘土と自分の指さえあれば」
的な退化型の作品を作っておりましたので(笑)

まぁこれ不思議にうつることでしょうぞ。

本日は午前中に劉先生と学院長にお会いしに新校舎へ。  
来客中で1時間後にお会いして、2月からの授業報告。 
新校舎での授業のお願い。 
ぱんだ君のお礼。 修学旅行の件。 
景徳鎮市人民政府との連絡。帰国日と再景徳鎮の日。 
劉先生の活動紹介。 N先生のこと。 
10月のシンポジュウムの研究者招へいのこと。工作証のこと。
就労ビザのこと。1時間くらい話しました。


盛りだくさんの内容でしたね。
ぱんだのお礼の件ありがとうございました。

帰りに私のお礼の品をわたしたら、先生からお茶を一杯頂きました。 
学院の幹部は現在、●●●●に奔走しているとか。  


なるほどそれは実績が欲しいところですわね。
20先生にそれを言うということは
なるほどなるほど
ぱんだ今後どうすべきか方向性もちょっとわかったような。
まったく他のお方の分からない内容で失礼しております。

大人の風格を備えている先生です。   
流石、一万人以上の学生・院生・教職員1000人のトップは違います。 
物腰が穏やかです。 
私なんかまだまだです。 
帰りに教職員がつけている学院の「バッチ」を頂きました。  


それをつけていると学食がただになればうれしいですね
そういう特権があればさらにいいですが(笑)

そんな下世話な話ではなく
「20先生わが学院の先生ですよ」
という院長の気持ちの一つのしるしですから
これありがたいことですね。

劉先生は半年前以来。  
採用時の面接の時はきつい質問があったとか。 
劉先生は私と学院長の会話をしっかり聞いていました。  
緊張して。

これで、日本帰国前にやらなくてはいけないこと。
ひとつ済みました。 
早速、学院長にお礼の手紙を投函。  
すぐ礼状は出さないと意味がありません。


劉先生など僕とさほど年が変わらないはずなのに
僕なんぞからみれば
「王者の貫禄」
のあるお方ですが(笑)
そんな劉先生でも緊張ですか。

すごい世界が広がっております。

今日もありがとうございました。
みなさまよい週末を。

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ブログ交換日記237(景徳鎮便り76) 09年5月?日(?曜)メール

2009/06/05 01:57

申し訳ないですコメントたまっております。
11時ころまであれこれと作業をしておりまして
なかなかどうしてな日々ですが
これ頑張っておりますので
よろしくおねがいいたします。

相変わらずの身辺変化。

25日は教務の要請で4年生の陶芸科の卒業試験の採点に立ち会います。  
初めてのことですので何が何やら分からず不安。 
しかし、貴重な経験を充て得て貰えます。

翌日も陶芸専攻は休日。 
28日(木)は貴国の端午の節句で休校です。 
日本では今はあまり気にしない習慣ですが。 
したがって、「3年生の現代陶芸」は27日(水)〜開始。 
(金)はもともと私は休日。

この週は一日の勤務です。 
先日、仕事場を借用する講師から連絡。  
鍵を渡します、少し打ち合わせと。 
自転車に日語の女学生乗せて来訪。 
既に3ヶ月分の借り代1500元と約束の日本の超硬カンナを進呈済み。


超硬カンナはさすがメイドインジャパン。
こちらでも絶賛されております。
こちらのカンナは技術以前の問題で
でかいですのでヤスリをかけにくいのですよね。

あれじゃあ女性の生徒さんにはちょっと酷ですわ。

もっと小さいものを使えばいいのになぁと
思うのですが

自分で自分に合った道具を探すだとか作るだとかいう
感覚がちょっと希薄ですかね。

さすがしゃかいしゅぎと言いますか
ただ学生さんだからなのでしょうか?

与えられるのが当たり前といいますか。

実にもどかしい。

6畳位の場所で綺麗に掃除されていて、製品棚も好意で置いてありました。 
電動ろくろ・窯「ガス炉」・コンプレッサー・粘土と使ってよいとのこと。 
粘土は今あるものをまず使って、次に買う時に代金支払い。

窯も使う時はガス代支払。 
焼きは助手の「李くん」がやってくれます。 
作業机がないので陶院近くの木工所に図面を作成して、
通訳と一緒に注文に出かけて、出来れば助手君と運びます。 

日本では自分の車やトラックのレンタル。
電話一本で済むことが、ここは貴国です。 
何もかも数倍のエネルギーが要ります。 
ましてや貸部屋での事です。 
御好意に甘えすぎると大変な事も想像できます。

許容範囲も限りがあります。 
でも、教えること、創作して発表、国際交流、集中講義が仕事です。 
学院での実績の為の活動は少しずつですが進行していきます。 


ですね。
さや一個もらってくるのに
どれだけのパワーを要したことか(笑)

陶芸家さんといえば
寡黙でたんたんと作業を
というのがイメージですが

こちらでは何かしようと思えば
お願いしたりとどうしても人を介さなくてはならないですので
面倒といえば面倒。

先日の練炭を買うのも一日作業でしたし。
石綿を買うのも2日かかりましたね。

先日、天津の主婦からメールが入りました。 
上絵付けを研修したいとか、詳しいことを求められましたが、
一度来校を進めておきました。  
これが具体化すれば日本人の受け入れ一号です。 
是非来ていただきたく返事しました。

そして、帰国に必要なパスポート延長が許可下りましたと、
交流処から連絡ありました。 
後は「就労ビザ」の許可です。 

やはり、期限が切れる度に自分で処理する人は羨ましい限りでしょう。 
交流処が代行して料金まで払ってくれいることを感謝しなくてはいけません。 
それは学生に対する授業の恩返しや自分に課された仕事の邁進にあります。


広州の会社の時のように
いざとなれば香港にいけばいいやと
簡単にいうわけには
いかないですので
これ困ったものですわね。

しかし以前は
司馬さんの本なんぞを読んでおりますと
中国からの招待状がなければ絶対に入国できない時代もありました。

それを思うと15日間ではあっても
ビザなしで入国できるのですもの

僕が最初に中国にきた10年前でも
1日滞在2日滞在でも
ビザがいりましたからね。

自分の仕事は何なのかを明確に整理して、
少しずつですが成果を出さないと不要となります。 
学院は何をしてくれることが嬉しいのか? 
常に考えての行動がないといけません。  
特に私は「客員」ですので自分で期間は決めれますが。  
日本語教師は一年契約ですので要注意です。  
学生の反応は教務でしっかり把握されています。 
向こうの対応も違ってすれ違いになると
益々動けなくなって悪い評価が出てしまいます。

私の効果も教務主任が学生に聞いていたり、
院長が見に来たりそれとなく、噂まで伝わっています。 
常に交流して、「ほうれんそう」していないと
誤解は一度されると払拭は大変です。 
「報告・連絡・相談」は組織人のマナーです。  
ここは特に貴国です。 
日本ではありません。
どうしても日本人は暗に分かっていてくれるだろうと
自分に都合良い解釈をします。  
日本人特有の美徳で。  
トンでもありません。


このあたりがぱんだ最近こんがらがってきておりまして
「自他関係」
ならばまだともかく
「他他関係」
になってきますとそこまで把握しきれずに
実に失礼しております。

公と民と
微妙な違いが存在し

そして日本と中国の
関係性距離のとり方などなど

難しさを感じております。

組織が大きいと特にコミニュケーションを取らないと伝わりがたいものです。 
この努力が足らないと貴国では身を滅ぼします。 
自分の用がある時だけでかけていると
相手は事務的処理だけ、
そのうち事務的処理まで手を抜きます。

私は逐一、一方的に周院長に出す手紙はその意味です。 
また、先日校内の郵便受付場所の「アイ」おばさんに
手紙でお世話になりました。 
少しばかりの日本のものを届けて。 
連絡系統の学生の一覧作成して渡してあります。 
これは窓口の学生が一人だと
困ってしまうことが分かっているからです。 
複数の日語生の電話番号を渡してあります。 
そして、交流処も郵便物が今まで届いていたのを
この窓口で処理して早く対応するためです。   
特に私用で郵便物が多い私の配慮です。  
頻繁に行く郵便局も顔を知られているので対応がいいです。 
親切にしてくれます。 
先日の米国人の窓口対応は貴国特有の態度です。  
郵便局職員がポスト周りの掃除中、
顔見知りの女性職員「ニーハオ!」と言いますと笑顔。

最近は駐車の係りのおじさんの顔を見ると
私から「ニーハオ」相手も返してくれます。  
いつも行く布地やのおじさん・酒の肴買うお店の数件の店員さん・
マッサージ屋の人(きんれい)さん・
自転車のご夫婦などなど
自分を取り巻く多くの人は積極的にマメにあいさつや交流が欠かせません。

これは貴国で使命を果たす小さな・大きな「交流」です。  
面倒くさい人は日本で役割りをすべきでしょう。


ぱんだがアトリエを借りております
彫塑磁場(?ディアオスーチーチャン)
ではちょこちょこと欧米系のお方もいらっしゃり
韓国のお方に間違われるのは
毎度のことながら
ちょこちょことコミュニケーションをとっておりまし。

しかし中国語で軽く言葉が分かってくると
英語が口から出るのを非常に阻害します(笑)

「我・・・じゃなかったI」

みたいなことがしょっちゅうです。

ここは日本でないことを知っているようでも
行動がないと制限されたものとなって
狭く生きねばなりません。 
日本でも共通のこともありますが。

昨日は24日に日語の学生と景徳鎮陶磁館案内しますので、事前の打ち合わせと、
事前の中国陶磁の知識を教えました。 
こんな機会を作っていざという時の協力を築いておきます。 
私は日語教師ではありません。  
子飼いの学生はいません。 
陶芸専攻の学生は言葉の壁があります。   
幸い私と気持が合う学生は向こうから求めてくれます。 
これを有効にしない手はありません。 
学生も日語教師(日本人・帰国の教師)とは違った立場の私にも興味を持ってくれます。


ですねちょうどよい距離のとり方だと
おもっております。
20先生もアトリエを借りられたりしまうと
ぽぽーんと学生諸君が遊びに来るような気配がしますがさて。

昨日は欲しかったDVD・スピーカー・classicsCDを購入。 
昨晩から私の部屋は音楽会場に変わりました。 
モーツアルトが流れています。 
日本でも車の通勤時に中国語会話かモーツアルトでした。
全部で200元弱。  
外は雨の夜、感傷的でしたがうっとりと飲酒しながら。  
CDレコード5枚。 
「シバの女王」など泣きたくなる名曲です。  
大きくしたいのですが近所迷惑でしょうから限界まで。

音楽に飢えていました。  
学生が流行の曲を聞きながら授業をしていて羨ましいと感じていました。 
こんなに心が休まるとは。 


ぱんだも音楽なしの生活が半年ほどありましたが
I−PODを買ってからというもの
「おれはよく音楽なしの生活をしていたなぁ」
と思うほどやっぱり音楽は生活に必須です。

作業に夢中になっていると
一回りして音楽が止まったことにすら
気がつかないということが多々ありますが。

作業をしている時にはクラシック。
自転車をこいでいるときにはQUEEN

と分かりやすいわけ方をしております(笑)

人は欲しときに欲しいものが手に入ることは大きな喜びとなります。

人に対して、その人が一番してして欲しいタイミングにしてあげることが出来ればと。 
時が大切です。  
いくら親切でも時が熟していないと余計なこととなり効果が半減どころかマイナスです。
過去に苦い経験の多いこと。 

創作陶芸と音楽は一体です。  
それはともに「生命の共感」に拠をなしているからです。 
二つの共通性が理解できない人は創作活動に支障があるかもしれません。  
どんな音楽であれ。
音を楽しむことと、陶器の芸術は「音楽・陶芸」共通しています。   
ともに「創造」に意味があるからでしょう。

陶芸作品を創っているときには時間が必要ですが
音楽というのは不思議なことに
4分5分という連続した時間がないとただの音なわけで。

不思議です。
なんとも言葉として捉え切れておりませんが

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メール復帰

2009/06/03 10:33
20先生&ぱんだともども
メール復帰しました。

ご心配おかけいたしました。
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ホットメール

2009/06/02 19:20
とぱんだ及び20先生が
いつも使用しております
ホットメールのアドレスがなんだか
先ほどから使えません。

いつ回復するのかわからないですので

連絡ありましたら
ブログのコメント欄までお願いできないでしょうか?

よろしくお願いいたします。
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オリベ(近況16)

2009/06/02 03:42
こんばんは。
なかなか更新ができずに失礼いたしております
ぱんだでございます。

20先生からもメールいただいておりますものの
アップできずに失礼しております。

徐々にアップしていきますので
お待ちください。



今日もいい一日でした

懸念しておりました飛行機の日程の件も
解決しましたし

相変わらずに土も掘りまして
ろくろ用にやや水分おおめで菊練りしまして。

ごろごろオブジェも数的には足りますので
まずひと段落。



先日釉薬屋さんをのぞいたところ
「織部系の色」
の1200度近辺のモノがあり。

織部なんていう日本的な釉薬
中国じゃまずないだろうなぁ
あっても1300度だろうし

とあきらめていたのですが、これうれしい。

ためしにさや窯さんでテストピースを焼いてみたところ
なかなか良好。

本来の織部ではないのでしょうが
似たところの色が出まして

窯出しの際にふーむなかなかよいぞと
長い時間しゃがんでみていたわけですが

他から見れば実にあぶない人です。

釉薬のものはあまり使わないぱんだですが
以前も書きましたがオリベは僕の中で
特別なんですよね。

(伝統に沿った織部ではなくて
ただあのミドリという意味で
オリベとあえて言いたいのです。)

松●千春が自称他の歌手とは別格なように
僕のなかではオリベは別格なんですわ。

だって緑なんですよ。
土やらなんやらの土くれを1200度やらの火の中にいれて
みずみずしい木の葉のような色が出るんだもん。

化学式としては理解できるけれども
頭の中で理解しきれないのですよ、いまだに。

オリベのものをちょこちょこ作って
またすきまにごろりさんを入れつつ
また次のステップを目指していきたいところです。
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