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zoom RSS ブログ交換日記245(景徳鎮便り84) 09年6月?日(?曜)メール

<<   作成日時 : 2009/06/15 04:06   >>

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さて、現在の授業で使う道具ですが、
私が使っているものをすべて教室に置いてあります。 
学生は必要な物を取って使っています。 
これもおかしい、以前から感じていますが道具作りを教えない。
陶芸では自分専用の道具が必要です。  
学生は市販のものか非効率的でも手でやったりします。  
教員は教えることをしません。 
道具作りの単元がいるのに。 
今回の授業で学生が私の道具を使っていることを知っていながら知らないそぶりです。  
これがなかったらどうするの。 
という作業がありますが。 
来週はわざと自分のものは持ち帰るかえつもりです。  
どうするのか。


20先生のバックみますと
あれこれと道具たくさん入ってますものね。
創るものが手の大きさに左右されるように
道具の使い勝手で創るものは左右されます。

食器系を創る人であれば
自分の道具を自分で作れる、加工できるということは
とても重要なことだと思います。

オブジェを主に創るぱんだは
あえて道具はなるべくもたないようにしております。

道具で自分の創るものを限定したくない
という意識があるのですが

最近よく使う道具といえば
「地面」
でしょうか(笑)

ゆびさきでちょろり
ふででちょろり
よりも
陶器の破片が落ちていたり
粘土くずが落ちていたり

そこをごろりと転がした方が
よりリアリティーのあるものが
創れるなぁと

以前の授業でもこんな場面がありました。 
私の学生時代も道具作りはありませんでした。 
市販の物を買ったり、先生の使っている道具を見て作りました。 
ここでは先生は自分の道具は一切持ってきません。 
創る先生は自分のアトリエに有っても。 
見せませんし、紹介もあまりしません。  
陶芸の道具が掲載されている本もあまりないようです。  
作品集の本はありますが。


とはいえ食器系を創る時には
これまがりやらの削る道具の切れ味どうのは
非常に重要です。

10個削ったあたりでもう切れ味が
悪くなってくるのがわかりますので
ささとやすりでまた削ります。

ぱんだはいまでも
こての使い方がいまいちおかしく
創るたびに違うものができるという
謎の現象がおきますが

今回の授業も完璧に学生のオリジナルではありません。 
どこかの誰かが作ったものをコピーしてそれを少し手直しして作っています。  
違和感なく。 
おかしい! 
もっと教員が創作性を指導しないと良いものができません。   
パクリ思想は他のものだけにしてほしいものです。

この思想では創造性の高いものはできません。 
作家と称する人も今までの伝統的な手法で作っている人が多いです。 
創造の大切さは学生時代に植え付けないので
作家として残れない、生きていけないとなります。


釉薬は買う・ろくろは挽いてもらう・窯は焼いてもらう・粘土は買ってしまう・石膏型は作ってもらうと
かなりの部分が他者がやっています。 
美味しい、楽しいところが盗られています。 
確かに職人に依存していいですが、成り立ちの指導はできる力がないとオリジナルと言えませんし、
異なった結果に対して修正ができません。

これでいいのかなー景徳鎮は? 
この考えで何百年もやってきて、不自然はなかったたのかなー。  

釉薬は買う・ろくろは挽いてもらう・
窯は焼いてもらう・粘土は買ってしまう・石膏型は作ってもらう

でそれでも自分の作品と呼べるものが創れればそれでいいとは思いますが
僕のなかではそれは難しいですね。

逆にいえば、僕なんぞは
粘土を掘って来ているということに
甘えていないのかは常に考えるようには
しています。

上記の方法であっても
「これはわたしの分身です」
と言えるものを創れるようにならないと
と自分のハードルを高めておくことで

どこに行ったとしても
自分の個性を出すことにもつながりますし
世界に対応できるということでもあります。

気づいているのに。 
かつての瀬戸と同じ感じがします。  
瀬戸物と言えば瀬戸。 
これに胡坐をかいていて、
何時の間に美濃に実態は移ってしまった。
観光化も遅れてしまい、もう手おくれです。

末期ガンは薬は効きません。  
景徳鎮に陶芸の思想家が「真の陶芸はかくあるべしと」という人が一人、二人とでないといけません。 
そのもとの人材を作る所が教員機関ですが。


ぼくなんぞも美濃の方が
創っているものの質やら考え方というのは
共感できるものがありますね。

とはいえ瀬戸もいいところです。
としかし伝統というものにしがみついてしまっては
次が見えてはこないのでしょう。

とはいえ瀬戸のお役所の人が
陶芸というジャンルではないですから
それを壊すこともできないし
自らの地位を投げ捨てることも
できないのではないかと。

伝統を汲みつつ
とはいえ新しい瀬戸を見出していく
可能性があるのが
訓練校であり、瀬戸窯業高校であると僕は思うのですが。

訓練校であれば他県から来た人もいますし
まったく違うジャンルの人もいますので
伝統にこだわらずに、とはいえ伝統にそくした
新しい伝統を創っていく可能性があるのではないかと
思ったりしている今日この頃でした。

どうも記事をひとつ飛ばしているようです。
申し訳ございません。
確認してアップいたします。

http://blog.with2.net/link.php?325336


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20先生のメールアドレス chinajapan20☆hotmail.co.jp (☆を@に変換して送信してください) 遠慮なくどうぞとのことです。
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